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2021. 11. 30  

 といっても、たいしたことは書いていません。
 一連のツイートから、あらためて考えてみたというだけなので、以下は「時間があれば」的な感じで。

 先日、以下のようなツイートをしたところ、思いがけずたくさんの方に「いいね」やリツイートをしていただきました。
 読んでくださった皆さん、その節はありがとうございました。

*****
「しばらく翻訳をやってきて『もっと上のレベルにいきたい』と思うとき、文法や読解や表現など基本的な力の底上げを図るのはもちろんなんだけど、クラスや勉強会の課題に『商品になるか』という意識をもって取り組むのがいいのかなと思う。つねに読者を意識するし注意を向けるところが飛躍的に増える。」
*****

 このとき私が念頭に置いていたのは、書籍の翻訳でした。

 このツイートにいただいたコメントに返信したり、リツイートいただいた先にコメントを付けたりしながら、「では、実務翻訳の成果物は『商品』ではないのか」ということを考えました。
 正直に言えば、実務翻訳をするとき、自分の中に「商品」という意識はないような気がします。――もちろん、いい加減にやっているというわけではありません。読み手を考え、解釈が正しいかどうかをとことん調べ、適切な用語を用い、内容を理解する妨げとならない訳を心がけます。けれど、納品時にはやはり、それを「商品」ではなく「翻訳成果物」としてみているような。

 書籍翻訳となにが違うのだろうと考えたとき、二つの大きな違いが頭に浮かびました(あくまで自分の考えるところです)。
 一つは、書籍翻訳は読者がずっと広範囲にわたり、その性質も多岐にわたるということ。たとえば、『患者の話は医師にどう聞こえるのか』では、主な読者として医療関係者を想定しつつ、コミュニケーションやノンフィクションに興味をもつ医療職者以外の人々にも広く読まれることを考えました。一方、私が手がける実務翻訳の読者は、たいていとても狭い範囲に限定されます。試験報告書であれば、社内の関係者+規制当局の担当者、教育資料であれば販売担当者やMR、マニュアルもたいていの場合は医師(専門医)といった具合です。それぞれの読者がどんな文体を求めるかを想像するのは、そうむずかしくありません(翻訳はむずかしいですが)。
書籍翻訳で、もっと広い読者層を念頭に置くと、文章としての読みやすさはもちろんですが、見た目(漢字とひらがなのバランス、漢字(あるいはひらがな)ばかりが続いていないか、同一ページに何度も同じ言葉や表現を用いていないか、といったことも含めた「読みやすさ」も意識するようになりました。
 もう一つは、書籍翻訳では責任の所在として自分の名前がでるということです。もちろん、編集や校正の方の力が(もっといえば装丁や印刷の力も)あってこその「書籍」完成品だとは思いますが、それでもやはり、原書のよさを100%引き出し、手にとったものを読み続けてもらえるかどうかは、訳者の力によるところが大きいのではないかと思うのです。一方、実務翻訳も責任をもってきちんとしたものを仕上げるのは同じですが、基本的に納品した時点で仕事は終わりです。その後翻訳会社でチェックが入りますし、会社によってはその後さらに、シニアチェッカーや専門監修者の手を経ることもあります。心のどこかに「(シニアチェッカーさんの手を経て)最終的に最適なものが客先に納品されるに違いない」的な安心感があるのは事実です(蛇足ですが、私は納品後の文章が直されることはあまり気になりません。FBがあり、改悪だと思った場合は指摘しますが、そうでない場合は基本的にスルーしますし、なにより、シニアチェッカーさんの直しは「なるほど」と納得できることばかりです)。
 こうした違いが、自分が書籍に「商品」意識を強く感じる理由なのかなと思いました。
 

 さて、上でも述べたように、何名もの方がこのツイートをリツイートしてくださったのですが、その中に@kmatsumoto0427さんからのものがありました。
 そのツイートに返信する形ではじまった一連のやりとりを以下に記載します。

*****
● @kmatsumoto0427さんの引用リツイート
「トライアルを受ける時も『商品になるか』を意識することは大事ですよね。限られた時間の中でいかに商品になる訳文を仕上げるか。意識するのとしないのとで結果が変わって来ます。」
● それに対するSayoの返信
「みてほしい相手が、クラスの先生だったり仲間だったりトライアル評価者だったりすると、どうしても視野が狭くなってしまいますよね。本当にみてほしい人は(仕事や楽しみのために)それを読む人なわけで……ということがおぼろげながら分かってきたのは、ジツは最近だったりしますが(恥)。」
● この返信を@BuckeyeTechDocさんがさらに引用リツイート
「これに賛同する人が何人か。そうかぁ。そうなんだ。私は最初っから読者のことしか考えてなかったというか、それ以外は思い至りもしなかったのでちょっとびっくり。フィギュアスケートの選手時代もジャッジの点数・順位は二の次で正面は客席に向けてたくらいだからかなぁ。」
● この引用リツイートにさらにSayoが返信
「本来そうあるべきだと思うんですが、私は正直心の中に『先生やクラスメイトから一目置かれたい』というヨコシマ(^^ゞな気持ちが、結構長い期間あったと思うんですよね。それが「本当に見るべきもの」を阻んでいたというか。恥ずかしいです。」
● @BuckeyeTechDocさんからの返信
「特に意識せず、同じように考えている人、多いのかもしれません。だとすると、仲間やそれこそ先生の評価だって、最終読者から少しずれている可能性も考えられます。勉強会とかするときは、最初にそのあたりを確認したほうがいいのかもしれませんね。」
*****

 こちらは「商品」とはちょっと異なる方向に話が展開していったものなのですが、最後にBuckeyeさんが仰っているように、勉強会などで(以前の私のように)「無意識にせまい読者ばかり頭に置いてしまっている」方がもしかしたらいらっしゃるかもしれないと思ったので、記事に含めました。
 自主勉強会であれ翻訳のクラスであれ、訳文をつくるときに読者として意識すべきは、「その課題文の読者」であるべきです。でも私は、「先生に認めてもらいたい」「仲間やクラスメートに一目置かれたい」という気持ちが強く、その方たちを第一読者として意識した訳文をつくっていた期間がけっこう長かったような気がします。本当は、きちんと読者を意識してつくった訳文が、結果として「先生に認められる」「仲間に一目置かれる」ものになるという順番であるはず。たとえ、結果が同じ訳文になったとしても、そこには姿勢の違いが存在すると思うのです。また、Buckeyeさんが仰っているように、その場の批評が最終読者から少しずれた内容のものである可能性だって、なきにしもあらずです。(無意識であれ)せまい読者しか意識しないでいると、いざ仕事で「商品」になる翻訳をつくろうとしたときに、微妙なズレが生じてしまわないともかぎりません。
 この「よく思われたい」という気持ちは、つねに私の中にあるようです。これからも、新しいことに挑戦するときは「読者はだれか」という基本を忘れないようにしたい――自戒もこめて文章にしました。
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2021. 11. 10  

『クララとお日さま』(カズオ・イシグロ、土屋政雄訳)

 ほぼ全編、音読した。
 引っ掛かりのまったくない、美しい日本語だった。百歳まで学び翻訳を続けたとしても、自分にこんな文章が書けるとは思えない。

 音読するなかで――音読したからこそ――考えさせられたことが、いくつかあった。
 AF (Artificial Friend) クララと人間との対話の中でほのめかされる、AFと人間の関係だ。
 クララは、だれに対しても終始丁寧で、自分より「上」の存在を相手にするような喋り方をする。ジョジ-(彼女をAFとした人間の少女)やリック(その幼なじみの少年)との関係が深まっても、彼らに対する態度は変わらない。
 だが、冒頭の店内の場面では、他のAFたちとぞんざいな口をきき合っているので、これはAFのデフォルトではなく、相手が人間の場合はそう対応するようプログラムされているのだと思う。クララの学習が進んでも、その一線が超えられることはない。
 そして、クララの口調は、丁寧なだけでなくどこか無機質だ。ときどき、いわゆる「翻訳調」とでもいうような表現も混じる(そして土屋さんはすごいと改めて思う)。
 対する人間の方も、AFは対等な存在とは考えていないように思える。「(人工)友人と呼ばれる存在なのだから(人間と)同等の存在として扱おう」という姿勢を見せつつ、心の奥には「人間とはちがう」という本音があり、それがふとした拍子に口調や態度に現れる――そんな感じだ。長い期間をクララと過ごしたジョジ-でさえ、物置に「引退」したクララのために代わりの(もっと「もと友人」にふさわしい)部屋を与えてやることはせず、大学に旅立つときには、当然のように「今度戻るとき、もういないかもしれないのね」と言う。
 逆に、ジョジ-の父、科学者のカパルディさん、ジョジ-の家の家政婦メラニア、最初にクララがいた店の店長さんは、最初からAFを人間とは明確に異なるものと位置づけ接しているようで、クララに対する態度(クララの扱い)がぶれることはない。あからさまにモノ扱いするメラニアも、いっそ清々しい。

 ところで、クララの外見はどんな感じなのだろう? 店内にいるクララに、ジョジ-が「あなたはフランス人? なんとなくフランスっぽいけど(中略)髪をそんなふうに、こざっぱりとショートにして」と話しかける場面があるので、精巧に人間に似せ、一人ひとり個性のある風貌にしつつ、人間ではないことが明確に分かる外見なのかなと、勝手に想像している(他に、ハッキリと外見について書かれた箇所があったのかもしれないけれど、見つけられず)。

 閑話休題。
 太陽光からエネルギーを得ているらしいクララは、太陽に対し、崇拝といってもよい、ともすれば原始的とも言えるような気持ちを抱いている。AI (Artificial intelligence) と崇拝という二つの言葉を並べるとまるでなじまない感じがするが、クララが(自分の製造過程や生命――適当な言葉を思いつかないのでとりあえず「生命」としておく――維持方法に関する知識も含め)もてる知識を総動員した結果、このような結論に至るのは自然なことのようにも思える。クララは、向上処置(というたぶん遺伝子操作)がうまくいかず健康を損ねているジョジ-も、太陽が救ってくれるのではないかと考え、全身全霊で太陽に「お願い」する。
 そして、実際、クララの祈りが通じ、太陽光がジョジ-に「特別な栄養」を与え、健康にしてくれた(ように見える)場面があるのだが、果たしてこれは奇跡なのだろうか?

 この物語は、全編クララの目をとおして語られる。そのせいか、かなり不安定で、謎を残したままのものごとも多い(たとえば、クララが汚染をまき散らすものと考える「クーティングズ・マシン」も、いったいどんなものなのかよく分からないままだ)。
 ここに描かれているのは、クララの目をとおして得られる/彼女が考える「真実」だ。「事実」ではないかもしれない。だから、ジョジ-が健康を取り戻したのは、太陽が特別な栄養を与えてくれたことによるのかもしれないし、偶然の一致だったのかもしれない。

 けれど、(おそらく最先端の)医学でも取り戻すことのできなかったジョジ-の健康を、(奇跡ではなくとも)太陽光という自然の恵み、そしてクララの「信じる心」が少しずつ周りを動かして取り戻したのだとしたら、テクノロジーに対するこれ以上のアンチテーゼはないのではないかという気がする。

 クララは、AIとして学習する。周りを観察し自分の知識として取り込み「成長する」。では、それを繰り返すことで、彼女は人間に――一番の観察対象であるジョジ-に――かぎりなく近づくことができるのだろうか? ともかく、それがジョジ-の母親が、娘が亡くなった場合にクララに求めたことだった。
 人間の頭の中は複雑だ。論理的思考の中に、冒頭でも述べた本音や偏見が混じり、相反する感情が同時に絡んできたりもする。それが行動にも影響する。他人との関係に化学反応を起こす。他人の頭の中に予測できないなにかを残すことだってあるだろう。それらすべてをAIが「学びきる」ことはできるのか。

 以前、機械翻訳セミナーで、開発に携われられた方から、NMTが訳文を生成するプロセスは「ブラックボックスのよう(なにが起っているか正確には分からない)」と伺ったことがあるが、人間の思考(の総体)こそ、ブラックボックスなのではないかという気がする。それは、(とにかく今はまだ)AIがとうてい学び得ないものだ――少なくとも、私はそう思う。聡明なクララにもそれが分かったのではないか。ラスト近く、彼女は「(特別な何かは)ジョジーの中ではなく、ジョジーを愛する人々の中にありました」と言っているが、これが(現時点で)人とAIを厳然として分けるものではないかと思う。そして、人間ではなくAIにそう言わせているのだ。なんという皮肉だろう。

 
 ――という感じで、AI寄りにいろいろ考えてしまったが、最後にひと言で感想をまとめると、読み終えて、私は名状しがたい哀しみに満たされた。AFのクララがあまりにも純粋で献身的だということも、その理由の一つかもしれない。それをつくりだしたものは人間なのだ。人間はなんて傲慢になり得るのだろう。深く考えることなく行きすぎた(行きすぎようとしている)テクノロジーへの警鐘とも考えられなくは、ない、と思う。

参考:
「翻訳者・土屋政雄に聞く、ノーベル文学賞作家カズオ・イシグロの言葉選びと創作姿勢」
https://realsound.jp/book/2021/05/post-755233.html
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2021. 10. 14  

 先日、ほんとうに久しぶりに、翻訳者(と家人)以外の方々とお話する機会がありました。
 相手は総合内科のお医者さま。医師と患者という文脈を離れてお医者さまと話をするのは、(共訳の原井先生を除けば)これが始めてかもしれません。
 そのうちお二方が「医師の教養」というYouTubeをやっていらして、そこで『患者の話は医師にどう聞こえるのか』を熱く語ってくださり、たまたまそれを見つけたわたしがお礼のDMを送り、「一度訳書についてオフレコで語り合いませんか」という話になり。SNS、ありがとう(嬉泣)。わたしだけの書籍ではないので、担当編集者さまと原井先生には事前に「こんな話になっていますがよろしいですか」と伝え、いずれも快諾いただきました。
 あっという間の楽しい90分で、まさに命の洗濯をした感じです。


 訳書についてもいろいろ話しましたが、お互いの仕事についてや、仕事をする中で日々感じていることなどもアレコレと。わたしの方は、仕事の他にテレビドラマや小説などを通じて(誇張や脚色はあるにせよ)医師の仕事についてある程度知識がありますが、先生方は「翻訳者」という人種ははじめてだったようで、それもお声がけいただいた理由の一つかもしれません。
 最初に動画を視聴したとき、訳書をネタに(笑)日々の診療を振り返っておられるお二人に、「身体診察や患者とのコミュニケーションを大切にされている方」という印象を受けました。私が慕う老掛りつけ医先生とも通じるものを感じました。そういう先生方が、わたし自身好ましく感じたオーフリ先生の考え方に共感し、『患者の話は医師にどう聞こえるのか』を紹介してくださっていたことが、わたしはとても嬉しかったのです(だから、大胆な行動に出ちゃったんですね、たぶん)。この本に書かれていることは、二者間(特に二者間の力関係に多少差がある場合)のすべてのコミュニケーションに通じるものですが、メインターゲットはやはり医師の方々だと思っています。だから、お医者さまが「刺さる」と仰るのを聞いたときは、一番届いてほしいところにちゃんと届いていることが分かって、ほんとうに嬉しかったです。

 先生方は、この本は、医学生にも読ませたいけれど、医学部を卒業し、実際に日々の診療でさまざまな壁にぶつかるようになったころに読むのが一番得るものが大きいのではないかと仰いました。
 「読みどき」、ですね。わたしも、この頃そのことをよく考えます。翻訳の参考書籍を手にとるのにも、(その人に)一番「身につく」時期って確かにあると思うのです。たとえば、私はだいぶ前に『日本語の文法』(高橋太郎)や『翻訳とは何か』(柳父章)に挑戦しましたが、そのときは見事に討死しました。一方、『英文解体新書1』(北村一真)や『翻訳力錬成プロブック』(柴田耕太郎)などは、今「自分にとって読みどきだなあ」と思いながら読んでいます。
 とはいえ、『患者の話は医師にどう聞こえるのか』は、『医師の感情』(ダニエル・オーフリ、堀内志奈訳、医学書院)とともに、医学生の方にも手にとっていただけたら嬉しい一冊です。「コミュニケーションは大切だけど大変な『技術』だ」ということが、きっと知識として頭のどこかに残るでしょう。実際に診療に携わるようになってから、ふと思いだして手にとったら、もしかしたら初読時には気にも留めなかったフレーズが、なにがしかの助けになるかもしれません。


 とまあ、タイトルにはまったく関係のない記事内容になってしまいましたが、「医師の話」は同じ職業人として共感する部分もあり、まったく新鮮な話もあり。先生方からいただいた翻訳についての質問へのわたしの回答(訳者の話)は、あちらにはどう伝わったのでしょう。この本ではないけれど、他人とコミュニケーションをとるのは本当にむずかしい。思い返してみれば、話せることが嬉しくて、自分のことばかり喋っていたような気もします。「相手の話を聴こうとする姿勢」を忘れていたかも。次にだれかと話をするときは、相手の話をもっとよく聴こう。


医師はなぜ患者の話をすぐにさえぎってしまうのか?共感が崩れる瞬間~患者の話は医師にどう聞こえるのか(ダニエル・オーフリ著):医師の教養37(Part.1)

患者の希望と医師の推奨がすれ違うとき~患者の話は医師にどう聞こえるのか(ダニエル・オーフリ著):医師の教養37(Part.2)

愛想がいい医者は名医か?を科学的に検討する~患者の話は医師にどう聞こえるのか(ダニエル・オーフリ著):医師の教養37(Part.3)
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2021. 09. 25  

 今年も8月1日~31日の1カ月間にわたり、日本会議通訳者協会(JACI)主催で、完全オンライン方式の通訳翻訳フォーラムが開催され、さまざまな分野の通訳者・翻訳者が、仕事の内容や力のつけ方などについて講演をおこなった。セッションの数は最終的に40近くに上った。このような機会を与えてくださったJACIには感謝しかない。本当にありがとうございました。
 https://jitf2021.peatix.com/view

 ひと月間のアーカイブ視聴期間も終りに近づいてきたので、自分なりに今年の「通訳翻訳フォーラム」をまとめてみたいと思う。

 今年(これまでに)視聴したセッションは以下のとおり(開催日順)。まだまだ聴きたいセッションがいくつもあり、最後まで頑張るつもりだけれど、あと1~2本が限界かと。無念です。

 ○ 武田珂代子「通訳の歴史と戦争ーその今日的意義」
 ○ 蔭山歩美&ジョナサン・M・ホール「ペアで仕上げる英語字幕」(前・後編)
 ○ 矢能千秋「『出版、夢だよね』と言ったあの日から、『きみがまだ知らない恐竜』シリーズが出るまで」
 ○ 白倉淳一「はじめての元請」
 ○ 角敦子「『図説 狙撃手百科』、さあどう訳そう? 軍事翻訳とお役立ちソース」
 ○ 今井むつみ「言葉と思考-ことばは思考にどのような影響を与えるのか」
 ○ 杉本優 「で、Brexitって結局何だったんですか? UKはどこに行くのか」
 ○ 倉林秀男 「オスカー・ワイルドで学ぶ英文法」
 ○ 安達眞弓「レッド・ステイツをピンクに染めるお仕事-『クィア・アイ』ファブ5メンバー2名の半自伝を訳して」
 ○ 川根紀夫「ろう者の願い、手話通訳の理論・実践から手話通訳の思想を探る」
 ○ 星野靖子「翻訳・通訳の調べ物とコーパス最新事情」
 ○ ヘレンハルメ美穂「修行時代から現在まで~北欧翻訳事情」
 ○ 金水 敏「キャラクターを翻訳する-村上春樹作品を中心に-」
 ○ 鴻巣友季子「翻訳の深読み、浅読み」
 ○ セリーヌ・ブラウニング、巽美穂、ブラッドリー純子「あれから1年半~RSIの過去・現在・未来を語る」


 今年は、翻訳・通訳以外に手話通訳(川根紀夫氏)のセッション*も加わり、つなぐ仕事・つなぐ役割といったものを改めて考えさせられた。私たちは、「情報の出し手」の立場に立ち、「情報の受け手」のことを考えながら情報を出すという点が共通する仕事をしていると思う。この先通訳や手話通訳の仕事をすることはないと思うが、この“共通性”はつねに(心の片隅で)意識していたい。

 * 参考までに、今回セッションで使われたのは「日本語対応手話」と呼ばれるものだが、「日本手話」と呼ばれるものもあるそうだ。


 今年はブログ記事にできたのは、武田珂代子先生の基調講演のみだった。Twitterからの再掲が多いが、以下に簡単に各セッションの感想を記載しておく。

 ○ 武田珂代子「通訳の歴史と戦争ーその今日的意義」
 https://sayo0911.blog.fc2.com/blog-entry-775.html

 ○ 蔭山歩美&ジョナサン・M・ホール「ペアで仕上げる英語字幕」
 (前編)質問で(字幕にのせる)情報の取捨選択の優先順位を問われ「作品全体を勘案して決める」と。全体を見て考えるというのは、どんな翻訳にも大切なことなのだと改めて認識。
 (後編)「ペアで仕上げる」は共訳についても同じことが言えそう。いい作品に仕上げたければ、人柄的にも実力的にも信頼でき、忌憚なく意見が言い合える相手が必須。方向性が同じであること。お二人はとてもよいペアだと思った。「経験の浅い翻訳者はすべての登場人物を自分の声(?)にしてしまう(=描き分けができない)」というコメントがあり、これは「『著者が日本語で書いたらこうではなく、自分なら日本語でこう書く』訳にしてしまう」に似ているのかもと思った。

 ○ 矢能千秋「『出版、夢だよね』と言ったあの日から、『きみがまだ知らない恐竜』シリーズが出るまで」
 夢という言葉を使っているあいだは「遠い夢」でしかないのだなあということを実感。一例として見る必要はあろうけれど、出版翻訳を目指す方にはtipsが詰まった内容だと思う。

 ○ 白倉淳一「はじめての元請」
 「元請けになってしまったら(なりそうになったら)何をすればいい?」という疑問に明確に答えてくださるセミナー。個人“事業者”としてどのような発想の下にどのようなマネジメントをおこなえばよいのかというお話は、基本的な心得と実務内容の両面から、通訳者のみならず翻訳者にも大変役に立つ内容(*ただ、自分は元請けに向かないタイプだなとは思います(^^ゞ)。「エージェント経由で出会った顧客は請われても直受けしない」というポリシー、とても好ましい。この“姿勢”が信頼につながるのだと思う。

 ○ 角敦子「『図説 狙撃手百科』、さあどう訳そう? 軍事翻訳とお役立ちソース」
 軍事翻訳といえば図鑑的なものというイメージだったのだけれど、マニア向け書籍、歴史資料、ゲームなど、驚くほど多彩(そして調べもの大変そう)。お話を聞いていて、「正確に分かりやすく」はキモだが、最終的には読み手を想像して言葉や表現を選ぶというのは、どんな翻訳にも共通するものなのだなと思った。

 ○ 今井むつみ「言葉と思考-ことばは思考にどのような影響を与えるのか」
 言葉はさまざまな形で認知(認識)に影響を与えるということを、多数の具体例を用いて説明された。言葉は表現したいもの・伝達したい内容を共有するために発達・発展した側面もあると思うが、それが翻って(認識に影響を与えるという形で)適切な伝達に影響を及ぼすかもしれないなどと考えたり。興味深い。

 ○ 杉本優 「で、Brexitって結局何だったんですか? UKはどこに行くのか」
 Brexitについては断片的な知識しかなく「知りたいけどどこから手をつけたらいい??」状態の私のためにつくられたかとしか思えない、とても分かりやすい講演。後日資料でもう一度復習します。

 ○ 倉林秀男 「オスカー・ワイルドで学ぶ英文法」
 倉林先生のお話を聴くと「文法楽しい!」「文法スゴい!」てなる。テンスやアスペクトを正しく読みとることで登場人物の心の動きが分かるということを明解に説明してくださった。文学作品だからということもあるかもしれないが、台詞のあいだに挟まれる said XX は“タメをつくる"役割を果たす(場合もある)という説明は新鮮。倉林先生は、英語学習の準備運動として北村一真さんの『英文解体新書』の例文に取り組まれるそう。私は『ヘミングウェイで学ぶ英文法』と『英文解体新書1』を同時に読んだのだけれど、そこで「文章の中で文法を考える」(文法と文章の流れをきちんと関連づける)ということを、はじめて意識したような気がする。お二人の書籍は、互いに相手の説明を補い高め合うようだと思った。

 ○ 安達眞弓「レッド・ステイツをピンクに染めるお仕事-『クィア・アイ』ファブ5メンバー2名の半自伝を訳して」
 1 安達さんと編集者さんだったからできた!恐怖の短納期
 元になったReality Showがお好きだったそうだが、その前の仕事(ピンチヒッター的共訳)でもこのテイストの書籍への確かな実力を示された、別の機会にShowについて熱く語るなど、“そのとき”女神の前髪を掴む準備は日頃からできていたと思った。
 2 耳から情報も大事
 原著者の語り口・性格を翻訳に反映するに際し、番組で耳から得たリズムやアクセントも大きかったとのこと。以前、翻訳家の児島修さんがTwitterで「Audibleで聴き倒してから翻訳をはじめる」(大意)と書いていらしたのを思い出した。似てる?

 ○ 川根紀夫「ろう者の願い、手話通訳の理論・実践から手話通訳の思想を探る」
 情報量(文字)が多すぎ、プラス声(話)を聴きながら手話を見ていたのでどっと疲れた。と同時に、ろうの方が画面を見ながら日本語対応手話を見るというのはこういう感じなのかなと思うなど。まずは、日本手話を習っている方から教えていただいた『手話通訳者になろう』を読んでみようかと思う。

 ○ 星野靖子「翻訳・通訳の調べ物とコーパス最新事情」
 前半はウェブ検索を利用した調べもの、後半はコーパスについて。学習中の方から長く翻訳をされている方まで広く役立つ内容だったかと。ウェブから得られる情報が飛躍的に増え、調べものは昔より格段に便利になったとはいえ、玉石混淆の情報の海の中で、調べるがわの技量が問われ、調べ方が翻訳の質を左右する一因にもなっていると感じる。星野さんが話を聞かれたという大先輩の「使いこなすのは自分次第」という言葉は重い。自分もいっそう気を引き締めて調べものと向き合おうと思う。コーパスについては、きちんと理解しないまま使っていた部分もあり、「どういうものなのか」「なにができるのか」「『均衡』どういう意味か」など基本的なことへの理解が少し深まったような気がする(希望的観測)。もっと使いこなせるようになりたい。パワポの資料は、情報の配置・情報出し・フォント・ポイント・行間などが工夫された読みやすいものになっていた。「資料読みのストレスがない」という点も素晴らしい発表だった。

 ○ ヘレンハルメ美穂「修行時代から現在まで~北欧翻訳事情」
 マイナー言語の翻訳をされる方のお話、興味深く拝聴した。英ー日以上に、言語の使われ方の異なる言語を日本語にどう落とし込むかという点でご苦労があるようだ。原書には(喋り方に)現れない年代差や異性間の力関係を、日本語訳でどこまで示すかにつて、試行錯誤しつつ「大切なのは自分なりの基準をもつこと」と。文化という点からの重訳(原語→英語→日本語)に関するご意見も(そういうことを考えたことがなかったので)ナルホドと思いながら視聴した。
 この他に(スウェーデン語ほどマイナーとは言えないとは思うが)ドイツ語や韓国語の翻訳者の方のお話もあり、期間内に視聴できなかったのが残念。

 ○ 金水 敏「キャラクターを翻訳する-村上春樹作品を中心に-」
 日本語は役割語が濃く(ゆえに豊富)英語は薄いというのはナルホド。「人がにじみやすい」言語ということにも関わってくるのかな。ただ、英語は、役割語の役割(?)の一部を副詞や形容詞に載せているのではないかと思うときもないではない。上手く言えないけど。それから、台詞の部分に役割語がある程度濃く現れる(英日)のは仕方がない面もあるのではと個人的には思う。本来「話されている」言葉なのだから、抑揚や喋り方が「役割」を補っている部分もあるわけで。それを文字だけで表そうとすると、全体に、実際に語られる言葉よりこころもち濃い味付けになるのは仕方ないのかなとも(ジェンダー差やステレオタイプの濃淡についてはよく考える必要はあるだろうけれど)。

 ○ 鴻巣友季子「翻訳の深読み、浅読み」
 「深く読む」と「深読み」は違うのだと思った。「深く読む」にも「深読み」にも背景知識は欠かせない。背景知識ゆえの思い込みにとらわれるのが「深読み」、まずは背景知識がないものとして読み、テキストから読んだ内容をそのとおりに捉え、訳文を練り上げるさいに背景知識を反映させるのが「深く読む」と、そんな感じなのかな。例文が2題示されたが、どちらも「ナルホド」という読み。やはり翻訳はおもしろい(自分はまだまだだけど)。また、これは、これまで何人もの大先輩の話をお聴きしてきて思ったことの繰り返しになるけれど、どなたも語る言葉は違えど「翻訳する」ということに対する基本的な姿勢は同じではないか(もちろんそれぞれその先の考え方の違いというものはあるだろうけれど)。

 ○ セリーヌ・ブラウニング、巽美穂、ブラッドリー純子「あれから1年半-RSIの過去・現在・未来を語る」
 通訳の方の「コロナでどう変わったか」のお話。興味深く拝聴した。翻訳外の方のお話を聞くことも大事と実感。通訳しろうとの感想だけれど、通訳の方が翻訳より劇的にコロナ禍の影響を受けたのではないか。その分、厳しい現実に直面し、再編も進んでいるように感じた。新しい働き方への順応も翻訳者より強く求められているような。

 他にも視聴したかったが時間切れになったものがいくつもあった。無念……
 (一部を下記しておきます)

 ○ 豊田憲子「機械には無理!だからこそ意識したい『論理的・批判的』思考」
 ○ 毛利雅子「日本における司法通訳の現状と展望」
 ○ 三浦真弓「オペラの対訳・字幕・訳詞 ~「―分野・多言語対応」という翻訳キャリア~」
 ○ 矢野百合子「韓国語の翻訳通訳」
 ○ 井村千瑞「日本語版吹替翻訳 字幕と何が違う? 吹替翻訳の楽しさ」


 圧巻は、なんと言っても武田珂代子先生の基調講演だった。
 研究と実践を結びつけることや歴史を知っておくことの大切さ、倫理観など、さまざまなことを教えていただいた。特に、歴史を知っておくことの大切さは、8月にアフガン情勢が大きく変化したことにより、現実のものとして目の前に突きつけられた感じだった。
 通訳の倫理にも話が及んだことで、「翻訳の倫理」について改めて考えさせられた。個人レベルで(類似の)“倫理観”を備えた翻訳者は多いと思うが、翻訳界全体を包括する倫理綱領的なものがあってもよいのかもしれない。今後の人手翻訳のウリにもできるような。

 三名の通訳者による「RSIの過去・現在・未来を語る」もとても興味深いものだった。
 その中で、(遠隔同時通訳の導入にあわせて)「働き方やレート等を含めてマインドから変えていく必要がある」という言葉が印象に残った。「戻る」という発想はもう捨てるべきなのかもしれない。
 翻訳は(医療に関していえば、仕事減はあったとしても)コロナ禍の影響をあまり受けなかったような気がする(私自身は、書籍翻訳との兼ね合いで実務の仕事を休んだ時期と最初の緊急事態宣言の時期が重なったので確かなことは言えないが、少なくとも、実務を再開したとき「依頼が急減した」という感触はなかった)。とはいえ、今後、仕事の内容は変化していくのではないかという気がする。たとえば、以前から「IT+医療」案件はあったが、コロナ禍で二つの融合には拍車がかかったのではないかと思う。また、まわりで「実務字幕案件を受けた」という話をちらほら聞くようになったが、これは在宅勤務が急増し、情報提供の手段として動画の使用が増えた結果なのかもしれない。であれば、今後一つの流れになる可能性は高い。そうしたことを考えれば、これからは、“異なる二つ”に対応できる、ということが一つの強み(OR 生き残りの一つの手段)になっていくかもしれない(異なる分野の翻訳者が手を組んで顧客に提案するというやり方もありかも)。

 そんな風に、世の動向をみながら、それに合わせて進み方や考え方を変えていくことは、この先さらに重要になるだろう。けれど、どんな場合も、長く続けるための究極の武器は確かな実力だ。どの登壇者も、これまで人一倍の努力を重ねてきての実力に裏打ちされた「今」があり、その言葉の端々から、今後も「学び」をやめないだろうということがうかがえた(というか、そもそも皆さん「いろいろ知る」ことが本当に楽しそう)。では、翻訳の場合の実力は――という話になると、それはもう「総括」を大きく逸脱してしまうので、その話は機会があれば、また(あくまで自分の考えるところだけど)。ただ、通訳翻訳フォーラムの各セッションが、こうしたことを今一度考える機会になったのはまちがいない。
 

 とまあ、いろいろ書いてきたけれど、まとめると「いろんな話が聞けて楽しかったよ!」というところに尽きるかなとも思う。
 JACIの皆さん、ありがとうございました。
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2021. 09. 12  

 『英語の読み方 ニュース、SNSから小説まで』(北村一真、中公新書)

 帯に「『受験専用スキル』で終わらせたくない人へ」とあるように、読者として「大学受験レベルの基本事項について一度は学んだことがあり、辞書を用いて時間をかければ、ある程度のレベルの英文の意味を理解することができる人を想定」(「はじめに」)しているようです。

 読み終えた感想は、「……もう少し上級者向けかな……」という印象。「大学受験レベルの基本事項について受験後にもう一度やり直した経験があり、英語学習を試みたこともあるが、英文記事がいまいちきちんと読めない/もっと読めるようになりたい」読者には大変ためになるかなと。それより前の段階で読むと、
1 「おお、読める」と嬉しくなり、興味の趣くままに新聞記事などを読み進めたり別の英語学習本を手に取ったりして、どんどん読めるようになっていく人
2 解説の助けを借りての読解で読めたような気になり、そこで満足して終わる人
に分かれるような気がします。

 同じ北村一真さんの『英文解体新書』(研究社)は翻訳者にとってとてもよい参考書ではないかと思っています(<エラそーでスイマセン)。『英語の読み方』は『英文解体新書』に挑戦するための肩慣らしをするのによい本かなと思いながら、読み進めました。
https://sayo0911.blog.fc2.com/blog-entry-756.html

 3章以降は、新聞記事・スピーチ・論文・小説などの一部(たいてい1パラグラフ)を提示し、文法的な解説をほどこしたのち訳文を記載する、という形の「実践編」です。
 『英文解体新書』に比べて全体的にやさしく感じられ、自分で文法構造解析→本文で確認→訳例を読む、という感じで、けっこうサクサクと読んでいました。
 
 4章の半分ほどまできたかという頃。
 参加しているOnlineの勉強会で、ちょっとメンバーの意見が割れたことがありました。
 この勉強会では、長くても2~3パラグラフの英文の文法構造を解析してから、各人の訳を評し合うということをやっています。以前オフライン開催されていた「翻訳を勉強する会」のスピンオフとでも言えばよいでしょうか。「翻訳を勉強する会・本会」の管理人さんが主催されている小さな勉強会です。
 話を戻しますと、「意見が割れた」のは訳語や訳文ではなく、ちょっと長い一文のどこが一番強調されるように訳すかということでした。どんな訳し方が最適なのかを考えるため、みなで「パラグラフの各文の役割を考え流れを追う」ということをしました。その結果「Aという解釈が自然」という話に。そういえば、「翻訳を勉強する会・本会」では以前、読解力強化の一環として「パラグラフ毎の要約」をやっていたのです。要約するために、この「各文の役割とつながりを考える」ことを、そういえば頭の中でやっていた。今、そこまできちんとやっているだろうか――と思い当たった私は、「よく考えればムリゲー解釈B」推しでした(恥)。
 もう少し深く、訳文作成時の自分の頭の中を覗いてみるなら、文法解析はしたけれど、パラグラフ全体の構造(を俯瞰してみる)とか各文の流れを抑えるなどをおざなりにしていたように思います。さらに、「解釈B」の訳文づくりがやや力わざになってしまったにもかかわらず、「そもそも解釈おかしいんじゃね?」と考えなかった。「パラグラフの構造を意識する」ことを「意識して読む」習慣をつけ直した方がいいかもしれない。

 ということで、話は『英語の読み方』に戻りまして。
 短時間で(本の解説を読まずに)「パラグラフ読み解き」をするのに、そのころ読んでいた実践編の例文は、難易度・長さともにちょうどいい感じでした。そこで、4章の途中から意識して「パラグラフ読み解き(文法解釈+流れ+もっとも強調すべき箇所はどこかの確認)」をやりました。

 最初は「ちょっともの足りないかも」と思いながら読み始めた『英語の読み方』ですが、こんな感じで、途中からとてもいい教材になったような気がします。
 自分が「こんなふうに勉強に使おう」と思えば、たくさんのものが勉強の材料になるということを再認識しました。まだ気を抜くと手を抜きそうな感じなので、からだが覚えるまでもう少し頑張らねば。
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Sayo

Author:Sayo
医療機器和訳
循環器植込み系など好物
還暦を前に書籍翻訳メインにシフト中
(希望的観測)
『患者の話は医師にどう聞こえるのか』共訳
翻訳は楽しく苦しく難しい
記事は書きたいことを黙々と
セミナー聴講感想・翻訳・書籍紹介・独白など
(2021年10月現在)

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