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2016. 12. 03  
...に入る前に、前座のお話を。

ジツは、ワタクシ、登壇者のS籐さんという方を誤解していた時期がありました。
(ワタクシが入手し得た乏しい情報では)セミナーなどで、いつもチェック作業やぽかミスについて語られているという印象があり、「(翻訳会社の)なかの人」という立場も相まって、訳文の質より作業ミスのない品質を重視されているのかなと。
でも、ツイッターで呟かれている言葉を拝見すると、どうもそうでもなさそう、というか、逆に訳文の質に厳しくていらっしゃるような。で、あるとき、「どちらも大事にしておられるのだ」と感じることがあり、誤解していたことも正直に書いて「ゴメンナサイ」した上で、「訳文の質を向上させることとぽかミスをなくすことは、言ってみれば車の両輪みたいなものなんですね」という記事を書いたことがあります。だいぶ前のことですし、その記事はご本人も承知されていますので、ここでワタクシの黒歴史をバクロしてもいいかなと。

なぜ、初めにこのことを書いたかというと、ぽかミスをなくしてこそ訳文向上の努力も生き、悲しいことではありますが、ぽかミスが散見されては、訳文の質に目を向けてもらえない場合さえあるのだという現実を、他の翻訳者の方にも頭に留めて頂きたいと思ったからです。その上で、レポートを読んで頂いた方が、「なぜ、そのチェックをするのか」ということが腑に落ちやすいんじゃないかなと。
どちらかだけを重視し、もう片方を軽視するのはよくないんじゃないかと、個人的には思っています(かくいう自分も、訳文の質>ミスで、少々ミスがあっても質のよい訳文の方がいいよね、と考えていた時期もあったことを、ここに謹んで白状致します)。
というわけで、「総括」では、主に訳文の質の部分に特化したセッション1と、チェックによるぽかミス撲滅に特化したセッション2を「コインの表裏」という言葉で表現させて頂きました。

あ、それから、ワタクシ、自分はツイッターはやらない(はまったらヤバいので)くせに、オープンで読めるツイートは随時読ませて頂いております。翻訳者の方のものも多いです。セミナー、勉強会、辞書書籍等の情報は、やはりツイッターが一番早いですし、何といってもフィギュアスケート関連の(ニッチな)情報の早いこと、素晴らしいこと。たぶんこれからも、ときどきこっそり読み逃げにお伺いすると思いますが、温かい心でお許し頂けたらと思います。


てことで、「誰も教えてくれない翻訳チェック~翻訳者にとっての翻訳チェックを考える~」、やっとセッションのレポートに入ります。

このセッションは、最初から最後までが1つのストーリーになっていて、正直、省ける情報を抜き出すのが難しいです。内容的には、それほど濃いセッションだったと思います(別に登壇者の方を持ち上げている訳ではないですが、実際、何度もメモや資料を読み返しても、なかなか落とすべき箇所を決めることができません<ので、逆にさくっと落としました、というか...)。


登壇者のS藤さんは、ご存じの方も多いと思いますが、翻訳の仕事に従事される前に、長く品質保証業務を担当されています。
なので、製造管理における品質保証(Material、Machine、Method、Measurement、Manの5Mの考え方)を翻訳チェックにも導入できないだろうか、という考え方をされます。そうやって試行錯誤して作り上げてきた翻訳チェック体制の集大成が今回のセッションの内容だったと思います。ただ、それは自分のやり方であり、各自が資料とセミナーの内容を足掛かりに自分に最適のチェック方法を見つけてほしい、ということは強調されていました。

S藤さんは、冒頭で、聴衆に、今一度頭の中で確認してほしい6つの質問を投げかけた上で、「翻訳チェックとは何か」から初めて、チェックの重要性について語られました。話を聞くうちに、質問の意図(というか、その質問に明確に回答できることの大切さ)が分かってくるようになっています(というワタクシの理解は、いつものように要点を踏み外している可能性がありますので、ご注意ください)。

(6つの質問)
・何をチェックしているか。
・どんな方法でチェックを行っているか。
・なぜその方法を用いているのか。
・よしあしを判断する基準は。
・翻訳チェックを行う順番は決まっているか。
・なぜその順番なのか。

S藤さんは、細かく分けたチェック項目を、大きく、翻訳チェック(ざっくりまとめると訳文の質)と作業チェック(それ以外すべて)に分類し、ソークラや翻訳会社を対象としたアンケート結果の数字を挙げて、現場では後者の作業チェックが重要視されていることを示してくださいました。確かに、ぽかミスは目に付きやすいですし、「翻訳」という作業の実際を知らなくても、それなりにチェックすることは可能です。もちろん、全体がそうということはないでしょうが、翻訳者がもっとも見てほしい部分(訳文の質)と実際に見られている部分(ぽかミス)には乖離がありそうな感じです。

だからこそ、(翻訳文をきちんと判断してもらうためにも)作業チェックにももっと気を配るべきだが、「ではどうすればいいのか」と話は続きます。
気をつけるべき点が具体例を交えて語られ、どれも大事に思えるのですが、すべてを網羅することはできません。以下に順不同にいくつか挙げておきます。

・人間の能力(注意するとか気合いとか)を過信せず、人間に依存しすぎないチェックの方法を考えること(...自分もまだ、気合いに頼っている部分あります...)。
・最初からミスを出さない方法を考える。
・ミスの多い工程は前へ。
・一度にすべてをチェックしようとせず、チェックを細分化し、思考過程が同じチェックを同じ段階で組み合わせて行う(逆に言えば、一石二鳥を狙いつつも、反復作業と判断を伴う作業など、種類の異なる作業は極力組み合わせない)。
・人間の能力をサポートすると思われるチェックツールの力を借りる(Wildlightとか<決して使い倒しているとは言えませんが、納品前のチェックに活躍してもらっています<Wildlightの回し者ではありません<念のため)。
・より単純な照合作業(参照や判断を必要とせず知覚的にチェックできる、いわゆるEasy-to-noticeのもの)に分解できる方法がないか考える。
・翻訳者モードから読者モードへの切換えを図る。
・比較判断の基準となるもの(スタイルガイドや用語集など)を最初にハッキリさせておく。

セッションの中で、ご自分のチェックフローを紹介してくださいましたが、それぞれ理由があってその位置にあることがよく分かりました。
また、資料として頂いた「翻訳品質保証マトリックス」表は、老眼には優しくないことこの上ないですが、よくぞここまで細分化しグループ化しまとめられたなと、ちょっと感動ものの資料です。

このように書いてくると、チェックだけで膨大な時間を取られそうに思えますが、最初の方でも書いたとおり、それでもチェックは必要なものであり、だからこそ、単純化したりツールの助けを借りたりして、極力時短を図る努力をすべきなのだなあということが、最後まで拝聴して、素直に納得できました。
「チェック作業を納期短縮の矛先にしてはいけない」「自分はこの作業が保証できない納期の案件は受けない」というS藤さんの言葉が印象的でした。翻訳者としての姿勢、という部分で、セッション1とも被る部分があると思います。


冒頭の6つの質問を見ながら自分のチェック方法を思い返してみると、「理由があってそこにある」「理由があってそういう方法を取っている」というものが多かったのですが、「なんか、しっくりくる」という極めて曖昧な理由で始めたものが多く、「こうだから、こうしてみよう」と能動的に考えて始めたものはほとんどありませんでした(そういうええ加減なヤツなんです)。今後、頂いた資料を参考にしつつ、もっと時短・強化が図れないか考えていきたいと思います。
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Comment
Re: タイトルなし
天翔る龍さま、まいどです~。
東京では色々お世話になりありがとうございました(おかげさまで、実川さんの著書も手に入れることができました)。

(それなりに)役に立つレポートと感じで頂けたら嬉しいです! 
「トライアル現場主義!」は実は未読なのですが、
>「正確さ」+「作業仕様どおりか」の完成度の方がはるかに重視
は分かるような気がします。もちろん、そういう翻訳会社ばかりではないと思うのですが、パッと見ミスが多いと、どうしても最初から色眼鏡で見てしまいますよね。ワタクシ自身、参考資料を確認するとき、同じようにしてしまいますし(いや、アンタ何さまって感じですが...)。
S藤さんのお話は、「翻訳チェックについての凄いお話でした」と書いてしまうと(それはそれで事実なんですが)、その部分だけが強調されてしまって、「両方大事だと思うから、自分はこの話をしているのだ」という「なぜ」の部分がぼやけてしまうような気がしたので、あえて黒歴史の話から始めました。読んでくださった方に伝わっていれば嬉しいです。

あのマトリックス表は、当日会場でも貰えない人が出てしまったので、後日配布するということでした。「翻訳祭参加」ステータスで貰えるようでしたら、貰ってくださいね。よくこの形に落とし込んだなと思えるような資料でした。老眼にはやさしくないですけど。
Sayoさん、このご投稿は特に楽しみにしていました(ご存じのとおり、私は別のセッションに出ていたので)。

一読してまず思い出したのは、トライアル突破のためのバイブルと言ってもいいであろう『トライアル現場主義!―売れる翻訳者へのショートカット』(近藤哲史、丸善、2005年)です。これによると、新たな翻訳者を探す翻訳会社の立場では、「自然な日本語」+「内容の理解」の完成度よりも、「正確さ」+「作業仕様どおりか」の完成度の方がはるかに重視されるそうです。具体的な比率にすると、3(=1+2)対7(=3+4)とのこと。だからといって、前の2つはどうでもいいという意味ではないでしょう。しかし、書かれている日本語のクオリティー自体がいくら良くても、訳文を使う/読む方がパッと見てたとえば誤字脱字が目立つようだと、「何じゃこりゃ」と思ってしまうでしょうね...。

S籐さんのお話をパスしたのは、私もすでに利用しているWildLightの話がメインではという先入観があったためですが、やはりこちらも聴きたかったですね...。でもおかげで、内容が少なからず分かりました。どうもありがとうございます。
<(_ _)>
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プロフィール

Sayo

Author:Sayo
医学・医療機器和訳から
医療関連の書籍翻訳にシフト中
『患者の話は医師にどう聞こえるのか』共訳
『医療エラーはなぜ起きるのか』
現在3冊目と格闘中
還暦を過ぎて(やっと)
翻訳は楽しく苦しく難しいと実感
老体に鞭打って勉強に励む日々
翻訳関連の雑感・書籍紹介・セミナー感想など
(2023年5月現在)

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